武術のスポーツ化 2
記録更新者は「天下一」と称され、雄藩は天下一を抱え、また育てるのに躍起となり・・・
そのための経済的負担を惜しみませんでした。
・・・なにしろ、ひとたび堂に上がれば千両箱が一つ消えると伝えるほど物入りな競技会であったのです。
こうした競技人気に対し識者は2つの点で難じました。
一つは、戦場における弓の有効射程はせいぜい十三間の内であって六十六間の弓射は無益であるとするものであり・・・
他の一つは、矢数つまり競争に走るは個の精神的完成をめざす弓道の本質にあらずとする内容でした。
この後者の批難は幕府の意図とも通じるものでした。
武士を、中世の「渡り者」から、所属する藩の設定した結界を踏み込さず、藩主に生涯変わらぬ忠誠を誓う存在へと変質させることで幕藩体制を創出維持しようと努める幕府にとって・・・
記録更新者は、みずからの射芸をたよりに天下一の号をひっさげて、より待遇のよい藩を求めて渡り歩く者達であったからです。
通し矢イベントを貫く天下一の思想は、幕藩体制を根底からくつがえす危険性を孕んでいたのです。
かくまでに人気のあった通し矢イベントに幕府が主催者となることは一度としてなかったのです。